里芋のおでんを食べにいく。この世に「里芋のおでん」があることは、昨年私が手に入れた、小さくはない食のニュースだった。またきてね秋、こんばんは冬。たとえ昼間に半袖を着るような奇想天外な11月であったとしても。おでん屋のカウンターに腰をおろせば、冬というやつはあいまいにスタートを切る。皿のうえに箸を立てれば、ちいさな冬の良心はほかほかとほどける。いざゆかん、タンタンるるる…雑居ビルを一気に駆け登る。開幕だ。
食べれなかった。まったく開幕できなかった。未開幕。「残念なお知らせだけどごめんね」とかなんとか、カウンター向こうの大将が言ったような気がする。私たちは昨夜、里芋2023にはありつけず、しゅみしゅみに染みたたまごや大根を交互に口にふくんで、そんなに悲しくない顔をしてやりすごした。きゃははえへへへ。ショックじゃないよね?うんそうね。ショックじゃないよね、全然べつに。隣人がジュルと茶色の汁をすすった。
真夜中が今 その目を覚ます
月は静かに
僕らはただ こうして歩こう
満たされるまで
キリンジ/スウィートソウル
未開幕の夜は、歩いて帰ってやろうと思った。「まあ…歩きますよ夜くらい」くらいの顔をして19時にうまれたぴかぴかの魂。風に吹かれながら、しずかーでふとーい道を歩いてると、くたくただけど、ふかふかに満たされていく。ふだんはヘッドフォン派だけど昨夜にはぜったいAirPodsだったし、エイリアンズでもdrifterでもなくて昨夜にはぜったいスウィートソウルだったし。どこまでも歩いていけそうな気がしたし、やっぱりどこにもいけないとも思い知った。私をぶるんと酔わせたのは、繰り返しお替わりした木挽きブルーでもちいさなバーのチャイラムでもなく、夜を引っ掻くような堀込兄弟のスウィートソウルと、とろとろとした黒蜜のようなAM2時の白川だった。詫びる。信じる。手を伸ばす。見上げればいつも頭上には、あまやかな月があると勘違いしそうな、解像度の低い低い低い夜だった。